高齢者の糖尿病とは
日本では近年ずっと高齢化が叫ばれており、実際にすべての団塊の世代が後期高齢者となる2025年問題をみるまでもなく、高齢化が進んでいると言えます。そんな中で、高齢者になるほど、加齢による身体的機能の衰えによって糖尿病の罹患率もあがってきており、2019年の国民健康・栄養調査では65歳以上の高齢者で「糖尿病が強く疑われる者」と「糖尿病の可能性が否定できない者」は、全世代に対して4割程度を占めるという結果もでており、高齢者の血糖値管理が大きな課題になっていると言えるでしょう。
高齢者糖尿病の特徴
WHOや日本の法律などでは高齢者は65歳以上の方と定義されています。加えて65歳~74歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者とわける考え方もあります。高齢者糖尿病は、この考え方にしたがって65歳以上の方がかかる糖尿病を高齢者糖尿病と分類しています。
個人差はありますが、加齢によってインスリンを分泌する膵臓の膵島にあるβ細胞は減少しますので、インスリンの分泌もまた低下します。さらに筋肉量が減少してくるのに対して、内臓脂肪量は増加し、相対的に運動量は低下することから筋肉の質も低下してくるという悪循環によって糖尿病発症のリスクが大きく高まってきます。
糖尿病全体の大きな特徴でもあるあらわれ方の個人差は、高齢者にもあてはまります。さらに、高齢者の場合、身体機能の衰え、認知機能や社会的・経済的な状況も個人差が大きい上、高齢者ほど身体の変化に適応しづらくなってきますので、まずは安全性を重視した血糖値管理を行っていくことが大切です。
食後高血糖
加齢によってだんだん筋肉量が低下しますが、エネルギーの燃焼効率も低下してきます。そのためうまくインスリンが働きにくくなり、食後の血糖値上昇への対応力が低下するため、高齢者は食後血糖値が高値になりやすい傾向があります。それに対し、空腹時や夜間の血糖値は、肝機能や腎機能の衰えによって血糖値が低くなりやすい傾向があります。
さらに感覚機能が低下してくると、高血糖時の症状である口渇、多尿などの自覚が遅れ、高血糖状態が悪化し、脱水などをおこしやすくなります。脱水によっても、動脈硬化は悪化しますので、さらに血管障害による合併症が悪化しやすくなります。
低血糖
加齢によって肝機能や腎機能が衰えることで、高齢者は低血糖になりやすくなっています。ところが、感覚機能や認知機能も低下しており、動悸や冷や汗、手のふるえ、冷や汗や多量発汗といった独得の症状があらわれにくかったり、感じにくかったりします。
一度でも低血糖発作をおこすと、転倒のリスクが高まり、骨折、脳血管障害、冠動脈障害、心筋梗塞、不整脈といった合併症があらわれやすくなり、最悪の場合突然死をもたらすこともあります。
また重篤な低血糖によって意識を失ってしまうなどの重症低血糖を体験してしまうと、脳に障害が残ることで認知症などのリスクも格段に高くなります。そのため、高齢者ほど、高血糖より低血糖のリスクを考慮した治療が筆横になってきます。
認知機能低下・認知症
糖尿病の有無によって認知症罹患のリスクを比べてみると、糖尿病がある人の方がアルツハイマー型に認知症は1.5~2倍、血管型認知症は2~3倍おこりやすいという報告があります。
また、認知症の前段階と考えられている軽度認知障害のリスクも高くなっています。軽度認知障害は、物忘れを主症状としますが、その他にも注意力、記憶力などの能力の低下、遂行機能の低下などもみられます。
なかでも遂行機能が低下すると、自身での健康管理が難しくなってしまい、血糖値のコントロールも難しくなることで、糖尿病の悪化を招きやすくなります。
うつ(うつ病、うつ傾向)
うつ病と糖尿病は相関関係があると考えられています。糖尿病は、服薬管理、食事制限、運動療法などの継続のために厳しいセルフケアが必要になります。そのためのストレスによってうつ病を発症してしまうことがあり、うつ病を発症したためにセルフケアができなくなり、糖尿病が悪化するという悪循環に陥りやすくなります。高齢者はうつ病になりやすい傾向がありますので、不眠、体重減少、物事への関心・興味を失うといった症状があらわれたときは注意が必要です。
身体機能の低下、骨折・転倒、サルコペニア、フレイル
高齢者は、筋肉の量や質の低下によるサルコペニアをおこしやすく、全般的な身体機能の低下などによって、日常生活動作(ADL)が低下し、転倒や骨折といった事故をおこしやすい状態です。そこからフレイルとなって要介護に近づいてしまうリスクもあります。糖尿病があると、エネルギー代謝が悪くなりますので、さらにそういった危険性が増し、サルコペニアやフレイルによって、糖尿病が悪化しやすくなります。
腎機能・肝機能障害
加齢によって腎機能や肝機能も低下してきます。糖尿病がある場合とくに糖尿病腎症によってさらに腎機能の低下が進行しやすくなります。腎機能や肝機能が低下すると、身体に入った毒性を浄化しにくくなり、薬の副作用があらわれやすくなってしまう弊害もあります。
多くの薬の併用
高齢者になると、様々な部位に疾患や障害がおこり、服用する薬が多くなってしまいます。よく薬漬けといった言葉も聞きます。当院では、飲み合わせや相性などにも細心の注意を払った処方をいたしますが、それでも多くの薬を服用していると、様々なリスクがともなうことになります。
よくある質問
高齢者の糖尿病は若い人とどう違いますか?
自覚症状が乏しいこと(のどの渇きや多尿が目立たない)、低血糖や脱水のリスクが高いこと、合併症や他の病気(高血圧・腎臓病・認知症など)を併発しやすいことが挙げられます。
そのため、治療目標は「血糖を厳格に下げること」よりも「低血糖を避け、生活の質を保つこと」が重要になります。
なぜ高齢になると糖尿病になりやすいのですか?
年齢を重ねると、筋肉量の減少(サルコペニア)や基礎代謝の低下によって、血糖を下げるホルモン「インスリン」の効きが悪くなります。また、運動量の減少や食習慣の乱れも加わり、糖尿病を発症しやすくなります。
高齢者ではどんな合併症に注意が必要ですか?
低血糖発作(食事量減少・薬の飲み間違いなどで起こりやすい)、認知機能低下・フレイル(虚弱)の進行、動脈硬化による心筋梗塞・脳梗塞、腎症・網膜症・神経障害に注意が必要です。
介護施設や在宅療養中の糖尿病管理はどうすればよいですか?
食事内容や服薬タイミングが施設ごとに異なるため、主治医・看護師・管理栄養士・介護職員が情報を共有し低血糖予防と服薬管理を徹底することが重要です。定期的な血糖測定と柔軟な治療調整が望まれます。
認知症と糖尿病には関係がありますか?
糖尿病が長く続くと、脳の血流障害やインスリン作用の低下により、アルツハイマー型や血管性認知症のリスクが上がります。逆に、認知症が進むと服薬忘れや食事不規則により血糖コントロールが難しくなるため、家族や介護スタッフのサポートが欠かせません。


